書いてみるブログ

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【小説】きんいろの国のアリス【二次創作】

きんいろの国のアリス

 夏、日本の夏。こう言うと何処か風情のあるように感じてしまいますが、実際はムシ暑くて仕方がありません。もう17回もこの夏を経験しているというのに。むしろ、年々ムシ暑さが増している気がします。

 今は夏休み。去年から我が家にホームステイしている、英国きんぱつ美少女のアリスに、この暑さについて訪ねてみましたが、

「シノ! 夏が暑くて冬が寒いのは、風流を楽しむ日本(ニッポン)文化の基本なんだよ! 夏のこの陽気こそ、まさに日本(ニッポン)を感じてるって気がするよ!」

なんて言われてしまいました。

 私もアリスみたいに暑さを楽しめればよかったのですが、ヨーロピアンな私には無理そうです。宿題はまだまだ終わっていませんが、この暑さの中で頭を使うなんて、考えただけでも頭が痛くなってしまいますね。

 幸い、明後日は友達と皆で海に行きます。きっと暑さも紛れることでしょうし、それまでは夏眠といきましょう。シエスタ……。

「シノ! 早めに宿題終わらせないと、去年みたいに最後の最後で泣くことになるよ! 早くやろうよー! それにシノは西洋人じゃな――」

 ……あ、自己紹介遅れました。私は大宮忍。今をときめくピチピチの女子高生です!……くぅ……zzzz……き……んぱ……つ……。

 

「なあ、『アリス』といえば金髪って印象ない?」

 アイスキャンディを片手に、陽子ちゃんが言いました。

 結局、私の家に友達皆で集まって宿題をすることになりました。

「うん? 当然わたしは金髪だよ?」アリスの金髪が揺れます。

「いや、そうじゃなくてだな……。『アリス』って名前の人って、皆金髪の女の子って印象があるなあと思って」

「それはきっと、アリスの金髪がきんぱつしてるからですよ! ほら、こんな綺麗な金髪!」

 私はアリスの黄金に輝く髪を撫でます。ああ、なんてきんぱつ。

「まあ、しのにとって、アリスはアリスよね……。でも、確かに『アリス』といえば金髪の女の子って先入観はあるわね」

 さっきからずっとまじめに宿題を開いている綾ちゃんが顔を上げました。今日もいつものツインテールです。

「アリスといえば、やっぱり『不思議の国のアリス』よね。アリスが転校してきた日の朝、しのがアリスからの手紙を見て、アリスだアリスだって嬉しがってた時も、陽子はまず一番に『不思議の国』のことを言ってたわよね」

「そうだっけ? よくそんなこと覚えてるなー」

「……べ、べつに陽子のことだから覚えてたとか、そんなんじゃ全然無いんだからッ!」

「な、なんでそんな照れてるんだよ」

 綾ちゃん、今年になってから皆で話すと顔を赤くすることが多いです。

「アヤヤの心のカメラとマイクは常にヨーコに向けられてマスからね! アヤヤはヨーコのパパラッチデス!」

 手で作ったカメラフレームを陽子ちゃんに向けて、アリスよりも長く降ろされた金髪を宙に広げているのがカレンです。日本と英国(イギリス)のハーフの金髪……きんぱつ……。

「アリスは英語圏でよく使われる名前デスネ! はなしをする時に人の名前を仮におく時もAliceはよく使いマス!」

「名無しの権兵衛みたいなものですね」

「シノ、ちょっと違うような……。というかそろそろ離してよシノ!」

 アリスにツッコミを入れられた上に、金髪に触れる手を離されてしまいました。嗚呼、金髪……。

「『不思議の国のアリス』のアリスもこっちのアリスと同じ金髪デスが、そのモデルとなったアリスは金髪ではありませんネ!」

「ディ◯ニーのアリスは金髪にエプロン姿だったわね」と綾ちゃん。

「何で伏せ字……?」と陽子ちゃん。

「ほら、デ◯ズニーって権利問題厳しいって言うじゃない? そもそも、この企画に私達が出て良いのかも怪しいのに……」

「い、一体何の話をしているんだ? というかもう伏せ字の意味無いじゃんか?!」

 綾ちゃんには、皆に見えない壁が見えているようです。

「ううん……?こういろんなアリスが出てくると、どのアリスのことを言っているのか分からなくなってきました。せっかくなので、私たちを『不思議の国のアリス』に当てはめてみましょう!」

     〈In the AliceWorld〉

「ヒツジからタマゴを買ったけど、近付いたものは木になっちゃう。タマゴもきっと木になるんだろうなあ……」

「大丈夫ですよ! 私は私です!」

「うわあっ! タマゴがコケシに?! ってシノ!」

 アリス役は私が、と言いたいところでしたが、ここはやはりアリスが適役でしょう。アリスがアリス。あれ?混乱してきました。

「シノはハンプティ・ダンプティなんだね。不思議の国には出てこないけど……。ハンプティ(ずんぐり)・ダンプティ(むっくり)と言うよりコケシだね!」

 そう言われると、自分はむしろこけしなのではないか、という気持ちになってきます。和洋折衷です。

「というかシノ! そんな高いトコロに登ってたら危ないよ!」

 私は高い塀に乗せられていました。

「それもそうですね。ですが、あいにく私はこけしですので、自分で降りられそうにないです……。王さまは、下に落ちた時は助けを出してくれると約束して下さったのですが……」

「王さま?」

 アリスは首を傾げます。肩から下がる金髪の房が何とも。

 すると、森の中から誰かがやって来ました。

「この国では、ハートの王サマと女王サマがいちばんエライのデス!」

「きんぱつ! きんぱつのウサ耳ですよアリス!」

 その人影は、きんいろに輝くロングヘアから2つの長い耳を立てていました。きんぱつにウサ耳だなんて、なんて眼福でしょう。

「カレンは白ウサギなんだね!」とアリス。

「どうでショウ? ワタシのウサ耳、似合いマスカ?」とカレン。

「似合う、似合いますよ! ペットにして飼いたいくらいです!」

「ダメだよシノ! シノにはわたしがいるでしょっ!」

 そう言って口を尖らせるアリス、可愛いです。

「それで、シノを塀から下ろしたいのデスヨネ? それではアリス、コレを飲むのデス!」

 そう言うと、カレンは何か液体が入った小瓶をアリスに手渡します。

「何コレ? とりあえず飲んでみるけど……。って何コレ?!すごくにがいよっ!」

 アリスは勢いで全部飲んでしまったようです。

「ソレはデスネ、グリーンジュース、青汁という飲み物デス! ベジタブルでヘルシーでショウ? ほら、アリスのカラダも」

 アリスの金髪の高さが段々と上がってくるのがわかります。

「わ、わたしの背が大きく! すごいよ!すごいよシノ!」

 アリスは私を下ろして抱きかかえてくれました。

「ついにわたしも高身長に! もう小学生だなんて言われないよ!」

 アリスの喜ぶ姿があんまり可愛いので、体形は変わってないだなんて言えませんね。

 

 白ウサギ――カレンに連れられて、王宮に向かいます。女王さまが私たちを呼んでいるそうです。途中、アリスの体は元に戻りました。すごく残念そうです。こけしの私は歩けないので、アリスに抱っこしてもらっています。

「あの小屋、中に誰かいそうですが何でしょう?」

 周りに木しか無い中で、ぽつんと建つ小屋を指差し……たいのですが、こけしなので出来ませんね。

「アレは三月ウサギの家デスネ! この時間デスカラ、きっと帽子屋たちを招いてティーパーティをしているハズデス!」

「お茶会?! アリス、行きましょう!」

 ここは『不思議の国のアリス』の世界、きっと英国風なお茶会が開かれているに違いありません。

 三月ウサギたちは、小屋の中でお茶会を開いていました。

 三月ウサギは黒髪ツインテールのウサ耳。というか、綾ちゃんです。

「って私が三月ウサギなのね……。私、もう少しまともだと思うのに」

「アヤヤはヨーコの前だといつも落ち着きがないからデスネ!」

「お、落ち着きが無いってなによっ!」

 綾ちゃん、そういうことです。

「ヨーコは帽子屋なんだねー」

とアリス。

 帽子屋は黒いスーツに黒い帽子を被っています。陽子ちゃん、やっぱり男装も似合いますね。

「ヨーコ、スーツきまってマスね! カッコイイデスよね、アヤヤ?」

「な、なんで私に振るのよっ!」

 照れる綾ちゃんを見てニヤニヤするカレン、楽しそうです。

「に、似合ってるん……じゃない……かしら?」

「あはは、そう?ありがと。綾もウサ耳いい感じだと思うよー」

「やっぱりアヤヤはウサギみたいデース」

 三月ウサギと帽子屋の間には、2匹のヤマネが座っていました。

「というか何で空太と美月がここにいるのさ?!」

と陽子ちゃん。

「僕らは女王さまから逃れてきたんだよ、姉ちゃん」

と1匹のヤマネ、空太くん。陽子ちゃんの弟くんです。

「女王さまの前で粗相をして、怒りを買っちゃったんだ。助けて、お姉ちゃん」

ともう1匹のヤマネ、美月ちゃん。陽子ちゃんの妹です。

「なんてことを……」

 女王さまの逆鱗に触れてしまうなんて、きっと大変なことです。

「女王サマがまたお怒りになってしまうナンテ……。今度はダレの首が飛んでしまうノカ……!」

 白ウサギのカレンは震えています。

「どーせいつもの嘘でしょー。いい加減にしろよなー。っておい、寝たフリしてごまかすな!」

 陽子ちゃんは呆れたように言いました。

 陽子ちゃんの弟妹は『嘘つきブラザーズ』と呼ばれるほど、よく嘘をつくのです。今は夏なのに、冬眠したフリをしているようです。

「ねえカレン、女王さまってどういう人なの? そんなに怖いの?」

 アリスが首を傾げます。確かに、女王さまが誰なのか気になります。

「女王サマはデスネ、背が高くてスタイルが良くて――」

「貴方たち、いつまでここで道草食ってるつもりなのよー!」

 ドアが開き、ドレスに身を包んだ女性がカレンの言葉を遮りました。

「じょ、女王サマ! 申し訳ゴジャイマセン!」

 というか、私のお姉ちゃんじゃないですか!

      〈In the ALifeWorld〉

「女王様が何のことか知らないけど、宿題はどうなってるのよ忍~!」

「女王さまー! お許しをー!」

 

 著:高校時代のわたし

【小説】見せられたものではない①

見せられたものではない①

 

 まるで現実のものではないと思える月。それほどまでに月が美しく輝く夜空が広がる。

 都会でもないが田舎でもないこの地域でここまで美しい月を望めるのは、滅多にないことだろう。それなのに、この夜この時まで月を見上げる人は誰一人としていなかった。もうとっくに日付は変わった頃合いだ。

 そんな月光の下、住宅街の一角にある小さなアパートの一室の窓から微々たる光が漏れていた。耳を澄ます、までもなく辺りの静けさから聞こえる微かな電子機器の稼働音も、その一室を誰ともなく際立たせていた。

 その部屋の照明に灯りは灯されていない。ほとんど真っ暗だ。玄関から入って、右手に台所と奥に和室。玄関から台所の辺りまでは闇に包まれている。窓から外に漏れていたあの微かな光と音の出所は、和室だった。

 和室には所狭しと電子機器が並んでいた。プリンターやら大型のオーディオスピーカーやら。それらの中心には、二枚のディスプレイ。若干輝度は抑えられているものの、他に光が無い為眩しい。ディスプレイの周辺で静かだが低く響く音を鳴らすパソコンの筐体が、所々で小さな光を出しており、ディスプレイの光と相俟って現実から離れた空間の様な雰囲気を醸し出している。

 そのディスプレイと向き合い、椅子に座っている男が居る。頭部にヘルメットの様な器具を着け、意識を失っているようにもたれ掛かっている。この男こそが、この部屋の借主であり、この物語の主軸となるモノだ。

 ごく普通の、というより少しボサッとした風貌の学生であるこの男は、見た目の様にずぼらな学生だった。進学をし、親元から離れて一人暮らしを始めたのが数か月前、それからは学費を出してくれている両親に報いる為に学業には励んでいるつもりだ。だが、本人自身にこれといった目標があるわけでもなく、ただなんとなく今後の生活の為に学校生活を送っているというのが本音だった。

 だが、当然その男に生き甲斐が無かった訳ではない。欲だって人並にあるし、趣味も持っていた。その一つがゲーム、もといコンピュータゲームだった。現代社会の中、男にとってゲームは男の記憶の在る頃から馴染みのあるものだったし、男の同年代の人々に同様の人は少なくない。

 進学の際に、受験があるからと一旦ゲームから離れたが、その後は割と時間を持て余していたので、それに戻るのは必然であった。様々な種類のゲームに手を伸ばし、吟味した。その中で男はいつしかあることに気付いた。自分の本懐に。

 男は、ある日ある新作ゲームを手にした。様々な要素と魅力の発表で業界から注目の的となったその作品を、男は発売直後に入手した。その日から、男は毎晩それをプレイしている。

 相変わらず、今もまだその男は椅子の上で眠ったように動かない。男の頭部の機器は、パソコンに接続されている。

 男の目の前の2枚ディスプレイ、その左方に表れているウィンドウにはこう記されていた。

「Welcome to Another World ! 」

 

 

 

 青と緑。

 大空を仰ぐと、真っ青な空が広々と広がっている。疎らだがクッキリと見える純白の雲が、青空の青を一層際立てる。

 空の果てと接する形で形作られる大地は、真緑の草原が青々と続く。大空から吹き降ろす風に草たちが靡く。

 草原の彼方を眺めると西欧風の街が見える。永遠と広がるが如き草原の中で、その街は驚くほど馴染んでいる。

 まるで幻想郷の様なこの景色は、まさしく幻想だった。正しくは人々の幻想を元に、人々が架空に作り出した理想郷。この世界こそ、ゲームの世界、アナザーワールドなる世界だ。

 『アナザーワールド』。そう名付けられたこのゲームソフトは、文字通り皆で「もう一つの世界を作り出す」オンラインゲームだ。数年前に開発された脳波コントローラーなるものを使ってプレイするこのゲームは、五感をゲームの世界に持ち込む事で現実世界と何ら変わらない感覚をゲームに用いることが出来る。この手の作品は既に何個も発売されているが、この作品の特徴は別のところにある。

 このアナザーワールドでは、プレイを始めた時にその世界に誕生、新生児として生を受けたところからスタートし、プレイ時間を重ねるごとに成長し、老いてゆき、やがて死んでいく、というゲームの世界でのキャラクターとしての一生を送る。命を落とす原因も老衰だけでなく、病死や事故死なども起こり得り、あくまで現実に忠実な世界として作られている。言語や文字、舞台となる星自体は現実世界にあるものとは全く別のものが培われている。この言語や文字は脳波コントロールを前提としたものであり、現実世界で実際に発声したり書くことはほぼ不可能である。また、時間補正が入っており。現実世界での数時間で数日分生きることとなっている。

 現実世界と違うのは、まず人間が創作した概念や物質が世界に存在していることだ。魔術や妖怪と言った摩訶不思議なものからタイムマシンや高性能ロボットのような未来的なものまでが、そこにいる人々の努力によっては生まれだされるのだ。生物学や調査が飛躍すれば、有り得ないものまで生み出し、技術を発展させ優れたものにすれば、現代でも開発できないものを生み出す。

 更に、アナザーワールドでの生は二回目の生であることも現実世界とは違う点だ。だが、この世界の記憶を現実世界に持ち込むことは出来るが、その逆は出来ない。つまりゲーム内の世界では一度目の生として生きるのとほとんど等しい。だが、毎回プレイ前にゲームを終わる時間を設定したり、メモ帳にメモをして簡単なアドバイスが許されている。前述のとおり文字を使ったアドバイスは出来ないが、絵や記号を用いた伝達は可能である。実質、ゲーム内での生を一度目の生と認識しているプレイヤーたちはこれを神のお告げと似たようなものと捉えているようだ。

 現実世界の数分が数時間に引き伸ばされるこの世界で、一つの生を終えた時、そのプレイヤーは輪廻と似た形で新しい命になる。このようなことが繰り返されることで、世界は作られていくのである。

 ゲームのシステムについて長々と語ったので若干ダレてしまった、もしかしたら眠ってしまいそうな人もいるかもしれない。深夜なので書き手はとても眠いが、ここであの男のアナザーワールドでの姿を確認しよう。

 アナザーワールドでのあの男は、先程の街の中の学び舎に居る。男のいる学び舎は魔術を専門とする所で、あの男はそこの生徒をしている。あの男は、街中の魔術学校の生徒である、あのエルフを演っているのだ。アナザーワールドでは皆様々な生物に割り振られる。あの男はアナザーワールドではエルフなのだ。現実世界で男は人間であるように。

 あの男=あのエルフは笑っている。共に魔術を学ぶ友人とともにあのエルフはにこやかに笑っていた。どうやら授業中に友人達と馬鹿話で盛り上がっているようだ。当然講師から注意を受ける。その注意に対しては流石に静かになるが、それでもあのエルフは笑顔だ。あのエルフはとても満足していた。このアナザーワールドに。

 

だが、突然エルフの動きが止まり、

 

消えた。

 

 

 

 男は、ゲームに没頭することで自分が現実から逃れようとしているのには初めから気付いていた。一旦ゲームから離れる前から。特に現在は、今この時をなんとなくで過ごしていることが恐ろしかった。だから、ゲームという目的を見出す事で自分を安心させようとしていたのだ。

 そうしてゲームを選りすぐりしている内に、自分の好むゲームの傾向から自分が求めていることに気付いた。男は自由度の高いものを好み、作品世界の現実感への近さが近いものほど不安から逃れられていた。

 そう、つまり男は現実から逃れる為にゲームに現実を探し求めていたのだ。ゲームの世界を現実としてしまおうと言わんばかりに。

 そんな男にとって『アナザーワールド』は理想のゲームだった。男はアナザーワールドを自らの現実とすべく、アナザーワールドにのめり込んだ。そして、実際に男は現実世界ではあり得ない程明瞭に笑うようになった。

 

 

 

 相変わらず明かりはディスプレイの光だけの男の部屋。

 夜が明け始め、外は太陽の光に包まれ始める。あんなに綺麗だった月も日の光で見えにくくなってしまった。

 鳥が鳴いている。人々が活動し始める気配を感じる。アパートの近くを自転車のチェーンのカチカチといった金属音が辺りに鳴り響く。音の主はスーツを着た男性だ。

 今日もまた昨日と同じ日々が始まる。昨日は一昨日と同じで、一昨日はその前の日。多分明日は今日と同じようなものなんだろう。それでも、人々は明日のために今日を生きる。それと同じくらい今日のために今日を生きている。

 そうじゃないと、今、自分を演っていけないから。

 男はそれを理解していた。理解していたけど、出来なかった。

 段々と明るくなり始める中でも男は微動だにしない。夜中居た位置と全く同じ場所にいる。様子も本当に何ら変わらない。

 「男にとっての現実」と繋がる為のパスを除いては。

 頭部を自由にして眠るその男に、一瞬ノイズが走った風に見えた。

 

 

 

 不思議な世界、そう形容する他なかった。私たち人間とは美的センスという面で相容れないだろうと直感する部屋。とにかくカラフルで、あちこちで光が点滅している。

 広い部屋、広い椅子、高いテーブル。何もかも規格外だ。テーブルの上の本に書かれる文字は、地球上の言語のものでも先程のアナザーワールドの街で使われているものでもない。

 広い椅子には頭部の周りを覆うようなデザインが施されている。否、装置に見えなくもない。

 部屋に何かが入ってきた。頭と体が大きく、触手のようなものが十数本、体は柔らかそうに見える。少なくとも地球上の生物ではない。まさしく異形の生物だ。

 その生物は椅子に腰かけると、何と言っているか、その発音すら分からないような声を上げつつ椅子の装置のようなものに頭部を寄せる。

 もしかすると、こう言っていたのかもしれない。

[サア、ニンゲンヲ演ロウカ]

 

  著:高校時代のわたし

【短編】パンケーキとホットケーキって何が違うんです?【theme:選択】

パンケーキとホットケーキって何が違うんです?

 

「シナモンアップルとバターミルク……どっちにしよう……」

 メニュー表の文字を凝視する。Cinnamon Appleの列とButter Milkの列を交互に、何度も何度も読み返す。

 わたしはシナモンが好きなのだが、バターたっぷりのパンケーキも同じくらい好き、でも蒸しリンゴも食べたい。悩んでます。

「ねえアンズ、そろそろ決まった?」

「ちょっと待って!すぐ決めるから!」

 モエカが急かしてくる。わたしだって急いでるよ!

 値段はバターミルクの方が150円安い。でも、こういう時の判断に値段とか考えちゃうのはちょっと悔しい。

 違う店だけど、この前食べたのはバターだった。でもアレ、フルーツいっぱい乗ってたしなあ。可愛かった。

「どうせ皆で分けっこするんだからそんな悩む?」

「そうだよー。早く頼もうよー。」

 ミクとカホも口を挟む。わたしも早くパンケーキ食べたい。

 確か、モエカはアサイーストロベリー、ミクはグァバシフォン、カホはクリームチーズにするんだっけ。うーん、果物多めだし、種類でバランスを取るならバターミルク。でも色合いは白ばっかだ。写真映えするのはシナモンアップルかも。

「何よりどっちも美味しそう……」

「時間かかりそうだし、先に注文しちゃうよ」

 カホが店員を呼んでいる。店内は結構混雑してて、こっちに来るにはまだ時間がかかりそう。

「もう、ホントにアンズは優柔不断だから」

 そう、ミクの言う通り、わたしはよく優柔不断と言われるのだ。

 でも、選択って大事なことじゃない?

 

 洗濯機から湿った衣服を出す。

 さて、これから洗濯物を干すのだけど、外はビミョーな曇り空。天気予報だと雨とか言ってなかったけど、なんか降りそう。でも、部屋干しすると生乾きがねー。あの臭い、ホントイヤ。

 やっぱり外に干したいけど、これから出掛けちゃうから降られると最悪だし。

 どっちにしよう。

 

 私、結婚することになりました。

 相手は高校から付き合っていた人。喧嘩したり同棲したり一度別れたり色々あったけど、やっと一緒になれた。ずっと一緒に幸せになれるかな。

 そういう訳で結婚式を挙げるのだけど、大事なのはウェディングドレス。

 今着比べてみてるのが、このスレンダーラインのとエンパイアラインのドレス。スレンダーの方はもう今しか着れない感じの細さが。エンパイアの上品な感じも良いなあ。

 夫くんにも見てもらってるんだけど、彼はそろそろ飽きてきちゃった様子。着替えるのに時間かかるし長い事付き合わせちゃったから、この後埋め合わせしたげなきゃ。

 でも、どっちにしよう。

 

 なーんてことも。

 

 気付けば、注文を取りにウェイターの男の人が来ていた。

「えーと、コレとコレとコレ、全部スモールで」

「計3つでよろしいですか?」

 ウェイターが注文用紙を閉じるのを尻目に、メニュー表をじっと読み直す。そうしていると、ずっとモヤモヤしてた頭の中が急にスッキリした。

「決めた!チョコミントで!」

 

 著:○○祭 文芸部誌頒布します

【短編】秋には秋の花が咲く【theme:移り変わり】

 

秋には秋の花が咲く 

初嵐が吹く。

 その秋風は、まるで夏の暑気を運び去っていくようだ。熱気と湿気と蝉の鳴きが消え去った空白に、清々しい涼しさが広がる。日は輝きを穏やかにし、葉は赤く色づき、虫は音を雅に変える。世界が秋色に染まっていく。

 秋は食事に深味を運んでくる。酷暑に負けていた食欲が漸く帰って来たからであろうか、竹箸は満腹に向って留まることを知らない。だんだんと早くなる日入りの下で、何処かの台所の匂いが路地を漂う。今日も、夕餉の秋刀魚に舌鼓を打つ。

 秋は見知らぬ誰かの知と出会わせてくれる。僅かに空き時間が出来たとき、先日買っておいた文庫本を片手に外へ出てみる。喫茶店でも良い。文字の世界への没頭を邪魔するあの蒸し暑さも、冷房のつんざく冷たさももう居ない。頁をめくる指は見る見るうちに、いや、見る意識を割くこともなく進んでいくことだろう。

 秋は全ての可能性への好機だ。転機だ。その視界が美しく移り変わったように、私も変わるべきなのだ。

 

 そうだ、この時節はきっと素晴らしい季節の筈だ。

 だというのに。

 僕はこんなにも苦しめられている。

 この時期はいつもそうだ。秋から冬への移り変わりも、冬から春も。

 僕はそういう体質らしい。生まれてからもう何年も同じ苦しみを味わっている。だが、慣れることもなければ耐性も免疫も付かない。

 起きる。既にそれに憑りつかれている。発作も出る。ただひたすらに怠い。

 なんとか身支度を整えて一日が始まっても、何をするにも頭の中に広がる霧や靄が僕をかき乱す。ああ、鬱陶しい。

 食事の時間。目の前の昼食に集中できない。口に入れても味が分からない。折角のご馳走が勿体ない。

 何をするにも集中できないので、今度は睡魔がやってくる。寝たいわけじゃない。やる気が無いわけじゃない。僕はここにいるのに、僕の思考はここではない何処かへ飛ばされる。ここは何処だ。目の前が灰煙に包まれる。

 移動中だってそうだ。この苦しみは僕に全てへの意欲を失せさせる。こうなると、もう鼻孔の奥に蠢く気持ち悪さしか意識できない。

 それでも、なんとかして一日を耐えきる。後は夢の中に逃げるだけ。寝る前に薬を飲む。

 そうして布団に入ると、一日中僕を苦しめていた睡魔に加えて薬の副作用の催眠作用によって、僕は徐々に奥へ奥へと頭を沈めていく。ああ、やっと眠れる。

ッヘァックション!!

 突如現れたその「発作」によって、僕は布団から身体を起こす。怠さと怒りの中で鼻をかむ。一晩中、この睡魔と発作の繰り返しに悩まされる。

 僕はいつもこの花粉症体質、詳しく言えば「アレルギー性鼻炎」に苦しめられている。季節の移り変わりの時期は本当にしんどい。

 これも全部あの花のせいだ。あの花もあの樹も、今花粉をばら撒いている全ての植物を燃やして、灰にして、根絶やしにしてやりたい。

 

 秋の花が可憐に咲いた。私はその彩に涙を浮かべながら、花を摘む。

 私もこの花の様に、華麗に。

 

  著:中新井鶴賀