書いてみるブログ

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【小説】見せられたものではない①

見せられたものではない①

 

 まるで現実のものではないと思える月。それほどまでに月が美しく輝く夜空が広がる。

 都会でもないが田舎でもないこの地域でここまで美しい月を望めるのは、滅多にないことだろう。それなのに、この夜この時まで月を見上げる人は誰一人としていなかった。もうとっくに日付は変わった頃合いだ。

 そんな月光の下、住宅街の一角にある小さなアパートの一室の窓から微々たる光が漏れていた。耳を澄ます、までもなく辺りの静けさから聞こえる微かな電子機器の稼働音も、その一室を誰ともなく際立たせていた。

 その部屋の照明に灯りは灯されていない。ほとんど真っ暗だ。玄関から入って、右手に台所と奥に和室。玄関から台所の辺りまでは闇に包まれている。窓から外に漏れていたあの微かな光と音の出所は、和室だった。

 和室には所狭しと電子機器が並んでいた。プリンターやら大型のオーディオスピーカーやら。それらの中心には、二枚のディスプレイ。若干輝度は抑えられているものの、他に光が無い為眩しい。ディスプレイの周辺で静かだが低く響く音を鳴らすパソコンの筐体が、所々で小さな光を出しており、ディスプレイの光と相俟って現実から離れた空間の様な雰囲気を醸し出している。

 そのディスプレイと向き合い、椅子に座っている男が居る。頭部にヘルメットの様な器具を着け、意識を失っているようにもたれ掛かっている。この男こそが、この部屋の借主であり、この物語の主軸となるモノだ。

 ごく普通の、というより少しボサッとした風貌の学生であるこの男は、見た目の様にずぼらな学生だった。進学をし、親元から離れて一人暮らしを始めたのが数か月前、それからは学費を出してくれている両親に報いる為に学業には励んでいるつもりだ。だが、本人自身にこれといった目標があるわけでもなく、ただなんとなく今後の生活の為に学校生活を送っているというのが本音だった。

 だが、当然その男に生き甲斐が無かった訳ではない。欲だって人並にあるし、趣味も持っていた。その一つがゲーム、もといコンピュータゲームだった。現代社会の中、男にとってゲームは男の記憶の在る頃から馴染みのあるものだったし、男の同年代の人々に同様の人は少なくない。

 進学の際に、受験があるからと一旦ゲームから離れたが、その後は割と時間を持て余していたので、それに戻るのは必然であった。様々な種類のゲームに手を伸ばし、吟味した。その中で男はいつしかあることに気付いた。自分の本懐に。

 男は、ある日ある新作ゲームを手にした。様々な要素と魅力の発表で業界から注目の的となったその作品を、男は発売直後に入手した。その日から、男は毎晩それをプレイしている。

 相変わらず、今もまだその男は椅子の上で眠ったように動かない。男の頭部の機器は、パソコンに接続されている。

 男の目の前の2枚ディスプレイ、その左方に表れているウィンドウにはこう記されていた。

「Welcome to Another World ! 」

 

 

 

 青と緑。

 大空を仰ぐと、真っ青な空が広々と広がっている。疎らだがクッキリと見える純白の雲が、青空の青を一層際立てる。

 空の果てと接する形で形作られる大地は、真緑の草原が青々と続く。大空から吹き降ろす風に草たちが靡く。

 草原の彼方を眺めると西欧風の街が見える。永遠と広がるが如き草原の中で、その街は驚くほど馴染んでいる。

 まるで幻想郷の様なこの景色は、まさしく幻想だった。正しくは人々の幻想を元に、人々が架空に作り出した理想郷。この世界こそ、ゲームの世界、アナザーワールドなる世界だ。

 『アナザーワールド』。そう名付けられたこのゲームソフトは、文字通り皆で「もう一つの世界を作り出す」オンラインゲームだ。数年前に開発された脳波コントローラーなるものを使ってプレイするこのゲームは、五感をゲームの世界に持ち込む事で現実世界と何ら変わらない感覚をゲームに用いることが出来る。この手の作品は既に何個も発売されているが、この作品の特徴は別のところにある。

 このアナザーワールドでは、プレイを始めた時にその世界に誕生、新生児として生を受けたところからスタートし、プレイ時間を重ねるごとに成長し、老いてゆき、やがて死んでいく、というゲームの世界でのキャラクターとしての一生を送る。命を落とす原因も老衰だけでなく、病死や事故死なども起こり得り、あくまで現実に忠実な世界として作られている。言語や文字、舞台となる星自体は現実世界にあるものとは全く別のものが培われている。この言語や文字は脳波コントロールを前提としたものであり、現実世界で実際に発声したり書くことはほぼ不可能である。また、時間補正が入っており。現実世界での数時間で数日分生きることとなっている。

 現実世界と違うのは、まず人間が創作した概念や物質が世界に存在していることだ。魔術や妖怪と言った摩訶不思議なものからタイムマシンや高性能ロボットのような未来的なものまでが、そこにいる人々の努力によっては生まれだされるのだ。生物学や調査が飛躍すれば、有り得ないものまで生み出し、技術を発展させ優れたものにすれば、現代でも開発できないものを生み出す。

 更に、アナザーワールドでの生は二回目の生であることも現実世界とは違う点だ。だが、この世界の記憶を現実世界に持ち込むことは出来るが、その逆は出来ない。つまりゲーム内の世界では一度目の生として生きるのとほとんど等しい。だが、毎回プレイ前にゲームを終わる時間を設定したり、メモ帳にメモをして簡単なアドバイスが許されている。前述のとおり文字を使ったアドバイスは出来ないが、絵や記号を用いた伝達は可能である。実質、ゲーム内での生を一度目の生と認識しているプレイヤーたちはこれを神のお告げと似たようなものと捉えているようだ。

 現実世界の数分が数時間に引き伸ばされるこの世界で、一つの生を終えた時、そのプレイヤーは輪廻と似た形で新しい命になる。このようなことが繰り返されることで、世界は作られていくのである。

 ゲームのシステムについて長々と語ったので若干ダレてしまった、もしかしたら眠ってしまいそうな人もいるかもしれない。深夜なので書き手はとても眠いが、ここであの男のアナザーワールドでの姿を確認しよう。

 アナザーワールドでのあの男は、先程の街の中の学び舎に居る。男のいる学び舎は魔術を専門とする所で、あの男はそこの生徒をしている。あの男は、街中の魔術学校の生徒である、あのエルフを演っているのだ。アナザーワールドでは皆様々な生物に割り振られる。あの男はアナザーワールドではエルフなのだ。現実世界で男は人間であるように。

 あの男=あのエルフは笑っている。共に魔術を学ぶ友人とともにあのエルフはにこやかに笑っていた。どうやら授業中に友人達と馬鹿話で盛り上がっているようだ。当然講師から注意を受ける。その注意に対しては流石に静かになるが、それでもあのエルフは笑顔だ。あのエルフはとても満足していた。このアナザーワールドに。

 

だが、突然エルフの動きが止まり、

 

消えた。

 

 

 

 男は、ゲームに没頭することで自分が現実から逃れようとしているのには初めから気付いていた。一旦ゲームから離れる前から。特に現在は、今この時をなんとなくで過ごしていることが恐ろしかった。だから、ゲームという目的を見出す事で自分を安心させようとしていたのだ。

 そうしてゲームを選りすぐりしている内に、自分の好むゲームの傾向から自分が求めていることに気付いた。男は自由度の高いものを好み、作品世界の現実感への近さが近いものほど不安から逃れられていた。

 そう、つまり男は現実から逃れる為にゲームに現実を探し求めていたのだ。ゲームの世界を現実としてしまおうと言わんばかりに。

 そんな男にとって『アナザーワールド』は理想のゲームだった。男はアナザーワールドを自らの現実とすべく、アナザーワールドにのめり込んだ。そして、実際に男は現実世界ではあり得ない程明瞭に笑うようになった。

 

 

 

 相変わらず明かりはディスプレイの光だけの男の部屋。

 夜が明け始め、外は太陽の光に包まれ始める。あんなに綺麗だった月も日の光で見えにくくなってしまった。

 鳥が鳴いている。人々が活動し始める気配を感じる。アパートの近くを自転車のチェーンのカチカチといった金属音が辺りに鳴り響く。音の主はスーツを着た男性だ。

 今日もまた昨日と同じ日々が始まる。昨日は一昨日と同じで、一昨日はその前の日。多分明日は今日と同じようなものなんだろう。それでも、人々は明日のために今日を生きる。それと同じくらい今日のために今日を生きている。

 そうじゃないと、今、自分を演っていけないから。

 男はそれを理解していた。理解していたけど、出来なかった。

 段々と明るくなり始める中でも男は微動だにしない。夜中居た位置と全く同じ場所にいる。様子も本当に何ら変わらない。

 「男にとっての現実」と繋がる為のパスを除いては。

 頭部を自由にして眠るその男に、一瞬ノイズが走った風に見えた。

 

 

 

 不思議な世界、そう形容する他なかった。私たち人間とは美的センスという面で相容れないだろうと直感する部屋。とにかくカラフルで、あちこちで光が点滅している。

 広い部屋、広い椅子、高いテーブル。何もかも規格外だ。テーブルの上の本に書かれる文字は、地球上の言語のものでも先程のアナザーワールドの街で使われているものでもない。

 広い椅子には頭部の周りを覆うようなデザインが施されている。否、装置に見えなくもない。

 部屋に何かが入ってきた。頭と体が大きく、触手のようなものが十数本、体は柔らかそうに見える。少なくとも地球上の生物ではない。まさしく異形の生物だ。

 その生物は椅子に腰かけると、何と言っているか、その発音すら分からないような声を上げつつ椅子の装置のようなものに頭部を寄せる。

 もしかすると、こう言っていたのかもしれない。

[サア、ニンゲンヲ演ロウカ]

 

  著:高校時代のわたし